出雲国・黄泉比良坂・伊賦夜坂

出雲国・黄泉比良坂・伊賦夜坂

折口信夫は、

「宗教とは、あの世との通路を開く行為の表現法である。」

と述べた。

この考えは、「芸術」や「文学」等に置き換えることもできる。

日本最初の文学作品である『古事記』に

「故、其のいわゆる黄泉比良坂は、今、出雲国の伊賦夜坂と謂ふなり」

と記されている場所は、東出雲町揖屋にある。

伊邪那岐命(いざなきのみこと)や、大穴牟遅神(おおあなむじのかみ)(後の大国主神)が、黄泉国から逃げ帰ってきた坂は、山と山との境目のなだらかな山道で、隣村(異界)とを繋ぎ、古くから利用されてきたことを感じさせる。

途中には、石を積み上げた塞(さえ・さい)の神(道祖神)が祀ってある。

「ここからは入って来てはいけない」という異なる共同体(常世)との境界線ともとれるし、異なる共同体との縁結びともとれる。

折口信夫は、外側(常世)からやってくる異質な世界の力を「まれびと」と呼んだ。

常世(外側)の世界に対する畏敬の念を感じる体験の中に「創造」のヒントがある。


黄泉比良坂(よもつひらさか)は、『古事記』に登場する坂です。

伊邪那岐命(いざなきのみこと)が黄泉国から還ろうとしたとき、追って来る悪霊邪鬼を桃子(もものみ)で撃退した坂であり、大穴牟遅神(おおあなむじのかみ)(後の大国主神)が黄泉国で須佐之男命の課す様々な試練を克服し、後の須勢理毘売と共に還ろうとしたとき、須佐之男命が追い至って、大国主神の名を与え国作りを託したのもこの坂です。

その場所については「故、其のいわゆる黄泉比良坂は、今、出雲国の伊賦夜坂と謂ふなり」と記しています。

碑の西方の山道がこの伊賦夜坂と言われており、途中に塞(さえ)の神が祀ってあります。『日本書紀』に、伊弉諾尊(いざなきのみこと)が黄泉比良坂で「ここから入って来てはならぬ」と言って投げた杖から出現した神であると記されています。地元では、この道を通るときは塞の神に小石を積んで通るという風習があり、今でも小さな石が積まれています。

(案内看板より)

● 所在地


島根県松江市 東出雲町揖屋2407

● 関連ホームページ


黄泉の世界に通じる黄泉津比良坂 | 島根県

黄泉比良坂 | 水の都松江 松江観光協会 公式サイト

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