長浜神社|出雲

出雲 長浜神社拝殿

出雲大社から南へ約7km、妙見山(標高56.9m)の山頂に長浜神社はある。

主祭神は『出雲国風土記』の「国引き神話」に登場する八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)。

駐車場の案内看板には「スポーツ上達」「勝利祈願」と書かれているが、

海の向こうの土地を綱をかけて引っ張り国を創った八束水臣津野命のご神徳から

勝負事にご利益のある神社とされている。

神社までの緩やかな石段を地元の高校生たちが往復しトレーニングに励んでいた。

妙見山の名の通り、北極星・北斗七星を崇める妙見信仰の神社。

● 社名


上代 出雲社 出雲神社

中近世 妙見社(大社・大明神)

明治以降 長浜神社

● 御祭神


八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)

布帝耳命(ふてみみのみこと)

淤美豆奴命(おみずぬのみこと)

● 創立年代


不詳(和銅三年(710年)の年号およびそれ以前の記述の古文書あり。

● 社格


元県社 島根県神社庁特別神社

● 本殿


大社造変態

● 拝殿


神明造風

(境内立看板 奉納 平成二十年還暦会)

 

長浜神社 由緒書


☆妙見信仰☆

北極星や北斗七星に祈る信仰で、国家鎮護や武運長久などのご加護で知られる。戦国時代の大内、尼子、毛利の各武将や豊臣秀吉から、当社は社領寄進や安堵を受け、江戸時代の延宝三年(一六七五年)の火災の復興は松江藩主松平綱近が藩費を以て造営に当り、武家の崇敬を集めた。

☆百日祈願と弓掛けの松☆

太閤唐入りの折、百日祈願せし功で方五十丁の社領寄進受けた。使いの片桐且元が弓矢をかけた弓掛けの松は、昭和四十八年枯死するも根本が残存する。

☆神庭桃(かにわもも)☆

当社境内の一本の桃の木より当地での桃栽培が広まり、江戸時代には妙見桃の石州行きとまで称された特産品となった。

☆近世の国引き(神門水海の干拓)☆

江戸期の慶長年間、秦重成は海岸砂丘の植林・砂防を成功させた。弟の喜兵衛は、園村沢・萱原沢元和から寛永の頃、一二八〇余石の美田が生まれた。

☆ゆかりの神社 金持神社

鳥取県日野町の金持神社の創建は、弘仁元年(八一〇年)に出雲国薗妙見宮の次男が伊勢参宮の途中神夢があり宮造りしたとのことで祀られている神も当社と同じ神。

(境内立看板 奉納 平成二十年還暦会)

● 御朱印


出雲長浜神社御朱印

● 所在地


島根県出雲市西園町上長浜4258

● 関連書籍


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